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礼拝メッセージ
10/15礼拝
創世記15、17章は、アブラハム契約について書かれています。今までの、主による約束から契約となり、好意から義務、権利へと、より保証されたものへと変わりました。 -
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10/8礼拝
アブラムは、ロトの救出とメルキゼデクからの祝福を通し、主の恵みに目が開かれました。本日の箇所で、アブラムは主との対話を通し、さらに成長します。 主のことばがアブラムに臨み、アブラムは神とはじめて対話をします。神は従ってきたアブラムに対し、「その報いは非常に大きい」と言われました。しかしアブラムは、(今更)「何を下さるのですか」と返答します。アブラムは、主が子孫を与える約束を実行しなかった、すでに高齢なため、実現は不可能だと訴えました。 -
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9/24礼拝
ノアが呪った(9:25~27)影響か、カナンの5人の王たちは、セムの子孫であるエラム(10:22)の王に仕えていた。その後反乱を起こし、シュメール(シンアル)の4人の王たちの連合軍に攻め込まれ、敗北した。ソドムとゴモラのすべての財産、食料は奪われ、ソドムに住んでいたロトもその中にいた。それを聞いたアブラムは救出に向かい、ロトと他の人々、財産を奪い返し、戻って来た。それを、ソドムの王とサレムの王が出迎えた。 -
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9/10礼拝
アブラムは以前、わたしに従うなら、あなたを祝福する、と神に約束されました。(12:1~3) その約束が、今日の聖書箇所で少し具体的に明かされました。この時のアブラムは、神を礼拝していても、まだ義と認められる前でした。現代にあてはめるなら、信仰の初心者であり、信仰告白をする前といった所です。そのアブラムが、エジプトで失敗しても恵みを受け、別れたロトと異なり、祝福が約束されているのは、不公平さを感じないでしょうか。側から見れば不公平さを感じる、それが祝福だという事ができます。 -
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8/27礼拝
エジプトでの出来事があってカナンへ帰る道中、アブラムは自分の身におこったこと、神の守りがあったことを考え、ウルから自分を導き出した神を礼拝することへと思いが向きました。このことは、アブラムの信仰復帰と言えます。 -
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8/13礼拝
1.アブラムの選択(失敗) アブラムは、飢饉という災いが起こったとき、エジプトに下りました。聖書には、イスラエルに災害が起こったとき、エジプトに避難することが度々出てきます。アブラムは、エジプトで起こる危機に対処するために、神の声を聴くことなく、自らの知恵により、妻のサライを妹だと言うことによって乗り切ろうとしました。 -
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7/23礼拝
アブラムは、偶像礼拝をしていた町(ヨシュア24:2)から、神に呼ばれてカナンへとやって来ました。そのとき、どこに行くかは知りませんでした(ヘブル11:8)。これは、現在でも信仰を持つときに同じことが起こっています。私たちは、どこに行くかは知らないまま、神を信じて従いました。 -
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7/9礼拝
セムの系図(新改訳2017では歴史と訳されています)は、今まで創世記を見てきたように、神に創造されたアダムから繋がっています。そして、アブラ(ハ)ムへと繋がって行きます。この一本の繋がりは、アブラハムを経由して、マタイの福音書1章にあるように、救い主イエス・キリストへと繋がります。 -
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6/25礼拝
バベルという町の名前には、「混乱」という意味があります。神が「人のことばを混乱させ、互いの話しことばが通じないようにした」ことから、そう呼ばれるようになりました。やがてこの町は国となり、バビロンと呼ばれ、世界を支配し、神に敵対し、イスラエルを支配するようになります。
