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礼拝メッセージ
3/3礼拝
春になり、新たな環境へ移る方もいるでしょう。そうでなくても、心機一転、スタートする方も多いことと思います。アブラハムは、ロト家族が住んでいた町が滅ぶのを見た場所から、ネゲブへ移住しました。それは、ロト家族のことを思い、生くる甲斐もなしと落ち込んだからでしょう。 -
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2/18礼拝
ロトとその家族が登場するシーンは、今日の箇所が最後です。娘2人が、ロトの子を身ごもって終わります。ロトは人生の選択の折々で、神に信頼しない様に見え、今日の箇所も含めた結果により、その信仰は酷評されてきました。しかし、新約聖書では、ロトを義人や正しい人と評し(2ベテロ2:7)、悪く言っているようには見えません。ロトの素行は良くなかったかもしれませんが、その歩みは、イスラエル民族や私たちクリスチャンとよく似ていることに気付きます。それなのに、主がロトを愛し続けたことは、主に従いきれない私たちにとって、慰めと励ましなのではないでしょうか。 -
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2/11礼拝
ロトが救出される過程は、多くの人が救われるときと同じです。1.世は滅ぶことが決まっている(15)。2.救われるのは、主のあわれみによる(16)。3.主に従うのをためらう(16)。4.決断しなければ、機会を失う(26)。 -
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1/14礼拝
ロトの、アブラ(ハ)ムと別れて暮らすようになった、その後について書いているのが、今日の聖書箇所です。ロトは、潤っていた低地を選び、アブラハムと別れ、ソドムに天幕を移しました(13章)。そして、祭壇から離れ、礼拝しなくなりました。 -
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1/7礼拝
主とその一行は、アブラハム夫妻へ祝福を告げた後、悪に進むソドムとゴモラの様子を見るため、先に進もうとします。そのことを、主はアブラハムに隠しておくこができませんでした。それは、ソドムとゴモラもアブラハムによって祝福されるはずの、国民の一つだったからです。主がアブラハムに期待したのは、アブラハムのとりなしにより、ソドムとゴモラが祝福を受け、滅びを回避することだったのではないでしょうか。 -
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12/31礼拝
1週間前はクリスマスでしたが、今日はもう大晦日です。私たちの日本には、大晦日はお寺の除夜の鐘を聞き、正月には神社へ初詣に行く風習があります。行ったことはなくても、誘われたことが無い人は、いないのではないでしょうか。年末年始のこの国の風習は、お寺にしても神社にしても、厄除けが発端となっています。それは、たた(祟)られないように、現状を邪魔されないようにすることが中心です。 -
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12/17礼拝
最も祝福された女性と言えばマリアですが、神が祝福する場面に、子供を産めるはずのない方の出産が出てきます。それは、全能の神の祝福は、人には出来ないこと、受け取れるはずがないものが与えられることを表しています。それは、神は何もないところから創り出される方であることを教えています。 -
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11/26礼拝
聖書は、旧約と新約から成っています。それぞれ、旧い契約と新しい契約の意味ですが、名前につくほど、聖書で神との契約は重要なことです。神は契約にそって、昔から、今も、そして将来も、世界を治めています。神の契約は、「わたしの契約」として聖書に出てきます。その約束は、守ること、救うことを中心に保証しています。ノアの時代、神はその契約により、家族を洪水から救うこと(6:18)、大洪水により地を滅ぼさないこと(8:9~)を約束しました。ここに、契約による救いと守りの原点があります。 -
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11/12礼拝
聖書に最初に書かれた家庭内の揉め事は世継ぎ問題でした。主人アブラム、女主人サライ、女奴隷ハガルには、それぞれ良い面、悪い面がありました。僕エリエゼルが子孫ではないと主に言われても、子が与えられなかったサライは、風習に従い、ハガルに子を産ませようとしました。サライの思惑通りに進み、ハガルは身ごもりました。そのハガルが、子を産んだら愛されると思い、増長したところから、揉め事が展開して行きます。人間的な知恵による解決を図ったことが、失敗しました。
