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礼拝メッセージ
『創造の7日間(1)』石﨑善土師
天地創造は、神が単独でされたことの様に覚えている方も多いのではないでしょうか。天地創造3日目の地の植物の創造には、被造物も参加しています。神が地に命じる(「地は植物を、種のできる草や、種の入った実を結ぶ果樹を、種類ごとに地の上に芽生えさせよ。」)と、地は命じられた通りに行いました。この天地創造から、創造主と、被造物の関係が見えてきます。創造主は、被造物が命じられた通りに行ったことを見て、「良し」とされます。これが、創造主である神と被造物の最初の関係でした。 -
礼拝メッセージ
『はじめに』石﨑善土師
創世記を含む、聖書の最初の5書(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)は、モーセ5書と呼ばれ、モーセが書いたと伝承されています。モーセが書いたとすれば、その時期は、出エジプト以後となります。その目的は、長年の奴隷生活の中で、神を忘れたイスラエルの民に、神とはどんなお方で、自分たちとどのような関係なのかを教えるためでした。創世記のノアの洪水までは、全人類に共通の物語です。 -
礼拝メッセージ
『一杯の水の報い』船田肖二師
イエス・キリストは、弟子たちと共に過ごした公の生涯の中で、生きた神と交わる姿を見せると共に、神の力ある業の大きさ、広さを示されました。 -
礼拝メッセージ
『主を知ることの恵み』船田肖二師
今年も半分が過ぎましたが、身近な課題と共に、世界のいたるところで起こっている様々な悲しみは、わたしたちの心に不安を与えます。けれども、この世と、この世のものが過ぎ去ることを知る時、この世で何を行い、何を得たかではなく、創り主である神を知り、永遠の希望に生きているかどうかが問われていることを知るのです。 -
礼拝メッセージ
『神にはできる、と信じる』船田肖二師
わたしたちに与えられている 神による祝福の約束は、受け取るわたしたちの信仰によってその恵みは変わってきます。約束がどんなに素晴らしいものであっても、受け止められなければ、平安も喜びも得ることはできません。また、神が共におられることを信じていても、神の力を否定していては真の恵みにあずかることはできません。だからこそ、わたしたちが自由と喜びに満ちた、神と共なる生涯を生きるために、イエス・キリストを通して神を知り、自分を知り、その救いの大きさを体験していくことが必要となるのです。 -
礼拝メッセージ
『主の選び』石﨑善土師
主がイスラエル民族を選んだのは、彼らの数が多かったからではありません(7節)。数が多いことは、強さを表します。特に兵器や文明に力の差が少ない場合は、数の差は、そのまま強さの差となります。主がイスラエル民族を選んだのは、むしろ最も数が少なく、最も弱かったのに、主は彼らを選び宝としました。 -
礼拝メッセージ
『イエスの名を信じる信仰』船田肖二師
神は、祈り待ち望んでいた弟子たちに、約束の恵み、すなわち力を与えられました。弟子たちは、知恵や熱心ではなく、主が共にいてくださることを実感し、それによって与えられた平安を土台として立ち上がり、新しい一歩を踏み出すことができたのです。 -
礼拝メッセージ
『聖霊による力』船田肖二師
今日は、主が約束しておられた聖霊が、弟子たちに注がれたことを記念する、「聖霊降臨日(ペンテコステ)」の礼拝です。十字架にかかられた主がよみがえられた喜びとは裏腹に、天に帰られた主によって、弟子たちの心は不安と恐れでいっぱいでした。けれども復活された主の、「エルサレムを離れないで・・・父の約束を待ちなさい。」との言葉を信じて、彼らは祈り待ち望みました。 -
礼拝メッセージ
『ポンコツ人生』石﨑善土師
私が社会人となったのは、昭和天皇が亡くなった1989年(平成元年)。バブル経済の最中でした。街には「24時間戦えますか?」というCMが流れ、徹夜で働くのは普通のことでした。そして25年後に、退職することになったのは、会社でリストラ(整理解雇)対象となったからです。その時には、会社が求める働き方が出来なくなっており、肉体的にも精神的にもヘトヘトで、鬱になっていました。
