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礼拝メッセージ
『すべての民族に祝福を』石﨑善土師
エデンの園で蛇にそそのかされ、アダムとエバが善悪の知識の木から食べたとき、神は言われました。「彼(エバの子孫)はおまえ(蛇)の頭を打つ」(創世記3:15)。救い主である彼について、次に書かれているのが、今日の聖書箇所です。 -
礼拝メッセージ
『続・失楽園』石﨑善土師
聖書を読むとき、3つのステップがあります。1つめは書かれていることを理解すること。2つめは読む対象とされていた人がどのように受け取ったかを考えること。3つめは自分がそこから何を読み取るかということです。物語として書かれている箇所からは、多くの意味を読み取る事ができ、何回読んでも新しい発見があります。 -
礼拝メッセージ
『信仰に生きるとは』船田肖二師
わたしたちが聖書を通して教えられた信仰は、わたしたちに自由を与え、喜びを与えているでしょうか。神に愛されていることを知っていても、この世の価値観に合わせた生き方は、わたしたちに不安をもたらし、恐れを与えます。パウロの強さは、自分が頼りとしてきたものが砕かれ、無知で愚かな自分を認め、すべてを知っておられる主なる神が、共にいてくださることを体験したことでした。この主を信頼できたからこそ、この世の恐れから解放され、自由と喜びに溢れることができたのです。 -
礼拝メッセージ
『喜んで与える人』船田肖二師
今年も残すところあと二か月となりました。日常とは、変化のない日々ではなく、一人ひとりにとって、想定外のことが常に起こりうる日々であることを実感しています。しかし神はすべてを知った上で、私たちを愛をもって導いてくださっていることを信じているならば、どんな状況に置かれても、常に希望が用意されていることを知ることができます。 -
礼拝メッセージ
『創造神信仰と救済神信仰』長尾秀紀師
あるインドネシア宣教師が、宣教報告の中でインドネシアと日本の違いを報告してくれました。インドネシアではクリスチャンであってもなくても、天地創造の唯一の神とサタンの存在を固く信じているというのです。クリスチャンになるかどうかは「イエスが本当に神の子であること」、「神の子として、今日もサタンに打ち勝つ力を持っておられること」を信じられるか否かだそうです。それをもとに信仰の違いを表現すれば、インドネシアのクリスチャンは「旧約的信仰」であり日本のクリスチャンは「新約的信仰」、インドネシアのクリスチャンが「創造神信仰」であるのに対し日本人クリスチャンは「救済神信仰」である、というのです。 -
礼拝メッセージ
『失楽園』石﨑善土師
統一協会のことが話題になっていますが、異端と言われるカルトや宗教と、キリスト教との違いは聖書の解釈の違いにあります。聖書はさまざまな解釈がされて来ましたが、創世記3章の失楽園の記述にある、エデンの園での蛇とエバのやり取りは、神の言葉に疑問を持たせ、そこから誤った解釈へと導くものでした。 -
礼拝メッセージ
『神を待ち望め』船田肖二師
今日は詩篇を開いています。いつの時代も変わらないのは、人の日常に存在する悩み苦しみです。そんなとき人は、自分の知識や経験に頼り、また人のことばに頼りながら問題を解決しようとしてしまいます。けれども神はどんな時でも、誰かによってではなく、神ご自身によって平安を、あるいは解決を与えてくださいます。それを知っている者にとって、神のそばにあることは、何にも勝る喜びであり祝福です。 -
礼拝メッセージ
『目を覚ましていなさい』船田肖二師
旧会堂の屋根と壁のリフォームが終わって、古くても暖かく落ち着いた景観は、近隣の方々にとっても好評で、ホッとすると同時に、喜びでいっぱいです。工事のため庭の草木は、ほとんど根元から切りましたが、一か月もたつといろんな芽が出てきました。死んだように見えても眠っているだけで、命にあふれていたのです。 -
礼拝メッセージ
『神を愛し、隣人を愛しなさい』船田肖二師
朝晩はめっきり冷え込むようになりましたが、日中は抜けるような青空と、爽やかな風が頬をなでる季節になりました。とびこんでくるニュースに心を痛め、将来に対する不安が心をよぎることもありますが、すべてを知り、支配しておられる神を想い、恐れを委ねていく時、主の平安に包まれ、安心することができます。
