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礼拝メッセージ
『いつもともにおられる方』石﨑善土師
マタイの福音書は、イエスが昇天する前に言った最後の言葉で締めくくられています。弟子たちは復活したイエスを礼拝し、自分たちがイエスの僕であることを現しました。そのイエスは、人としての制約から解き放たれ、すべての権威を与えられたと宣言しました。そして、その権威によって、弟子たちに世界の隅々へ行くように命じられました。 -
礼拝メッセージ
『愛の心をもって』船田肖二師
わたしたちの生きている世界はなんと広く、多くの人で満ちていることでしょう。 その一人一人が、それぞれの人生を一生懸命生きています。また同時にわたしたちは、いろいろな人とつながって生かされています。そこには、様々な価値観があると同時に、生きていくために、人を押しのけたり、時には捨てられたり、いろいろな犠牲を払うことによって、命をつないでいるのです。その人が生まれた時代や国、置かれた環境や経験したことによって、その人の生き方は大きく変わってきます。 -
礼拝メッセージ
『永遠に続くもの』船田肖二師
着しています。聖書のみ言葉と、与えられた言葉への応答、決断とチャレンジが、信仰によって繋がり今に至っています。私たちも主と出会い、信仰によって望みに生きることの大切さを知りました。けれども現実の世界は、私たちの信仰の目を曇らせ、すぐに失望へと導こうとします。だからこそ、見えなくても共にいて下さり、平安を与え、私たちに自由を与えてくださる主を日々体験することが必要なのです。 -
礼拝メッセージ
『153匹の大きな魚』船田肖二師
思い知らされ、無力さに打ちひしがれたのも事実です。そんな弟子たちに主は、神による恵みの業を再びあらわしてくださいました。 -
礼拝メッセージ
『失望から希望へ』石﨑善土師
イエスが復活した日、この二人の弟子はエルサレムを離れ、エマオへと向かいました。二人は数日前まで、イエスや12使徒と行動を共にし、イエスが裂いたパンを大勢の群衆に配り、イエスの言葉を直接聞き、イエスに熱心に従っていました。しかしこのときは、復活したイエスに会ったという女性たちの話しを信じられず、イエスを失った失望から、仲間から離れ、弟子であることを辞めようとしていました。 -
礼拝メッセージ
『主の平安』船田肖二師
イエス・キリストの十字架の死は、弟子たちを絶望の淵に追いやりました。神にはどんなことでもできると信じるようになっていた彼らは、主を通して得たよりどころを失ってしまったのです。けれども神は、彼らの想像を超えた方法で、どんな時にも神を信頼すべきことを教えてくださいました。十字架につけられた主が葬られた後、彼らは恐れて身を隠していましたが、そこに釘の痕を残した主は現れ、弟子たちに平安を告げてくださったのです。 -
礼拝メッセージ
『十字架の逆転』石﨑善土師
いよいよ今週は受難週となります。イエスが苦しみを受けて十字架に架かり復活する。このことは、十字架をシンボルとするキリスト教の根幹の部分になります。イエスは捉えられ調べられ、金曜日に十字架に架かり、亡くなります。十字架上での出来事は前半と後半の3時間ずつに分けて見ることができます。 -
礼拝メッセージ
『永遠の命の希望』船田肖二
わたしたちの信仰は、イエスキリストによって与えられている希望を土台としています。たとい、どのような思いがけない出来事が起こったとしても、神はその中に共にいて最善を導てくださると信じることができるのは感謝なことです。 -
礼拝メッセージ
『主と共に生きる』船田肖二師
先週には教団総会が待たれ、新しい任命もなされ、新年度に向けての一歩が踏み出されました。過ぎた年月を振り返る時、神の前の信仰は変わることがありませんが、教会はその時代、また集まる人々によって変化し続けることを改めて実感しています。組織が成長し肥大していくとき、その枠組みを守ろうとしてこの世に流されてしまうのは世の常ですが、だからこそまた本心に立ち返り、より深い神の恵みを体験できることは恵みです。みなさんにとって、どんな弱さや失敗の中にあっても変わることのない土台は、どこにあるでしょう。
