-
礼拝メッセージ
『なげき、とりなし』石﨑善土師
が起こったとして日常に戻るようにと祈ります。 イエスは、地震と戦争と飢饉が起こることをあらかじめ預言しています。私たちは聖書を読んでこの預言を知っているのに、平和が続くのではないかと思い込んでいます。 -
礼拝メッセージ
『あなたがたの信仰はどこにあるのか』船田肖二師
『あなたがたの信仰はどこにあるのか』船田肖二師 ルカの福音書8章22~25節 福音書を通してイエス・キリストと出会い、神のわたしたちに対する思いを知り、感謝と喜びをもって歩めることは幸いです。短い期間であっても、主と共に過ごした弟子たちをうらやましく思うこともありますが、神が今も生きて共にいてくださることを思うと、イエス・キリストと共に歩んだ弟子たちの姿を通して、自分自身の姿を深く教えられます。 -
礼拝メッセージ
『そこにある強き助け』船田肖二師
『そこにある強き助け』船田肖二師 詩篇46篇1~11節 3月に入りました。コロナ下で、ロシアのウクライナ侵攻のさなか、パラリンピックが行なわれています。11年前には東日本大震災が起こり、原発事故の後始末が長引く中、ウクライナ原発や、ロシアの核兵器使用の危険が叫ばれています。わたしたちの住む日本であっても、その危機と無縁ではありません。それだけではなく、南海トラフや首都直下地震の危険は刻一刻と近づいているのです。 -
礼拝メッセージ
『悔い改めのバプテスマ』石﨑善土師
『悔い改めのバプテスマ』石﨑善土師 マタイの福音書4章12~17節 届かないところで軍事的な侵攻が始まりました。この緊迫感や緊張感は、バプテスマのヨハネがいた時代と似ています。 ヨハネは、政治宗教の指導者であったパリサイ人とサドカイ人に対し、誤ったリードをしていると批判しました。 -
礼拝メッセージ
『福音の原点』石﨑善土師
『福音の原点』石﨑善土師 マタイの福音書4章12~17節 う意味なのでしょうか。 1.天の御国が近づいた イスラエル人は、神が約束した救い主が来て、自分たちの(天の)国が造られることを待ち望んでいました。ローマの支配という、希望が持てない暗闇の中に、イエスは光として登場し、約束の天の国が近づいたと伝えました。 -
礼拝メッセージ
『岩の上の土台』船田肖二師
ルカの福音書6章46~49節 年度末が近づき、総会が行なわれる季節となりました。新しい年度をどのように歩むかは大切ですが、これまで神によってどのように導かれてきたかを振り返ることも大事なことです。たとい、わたしたちの日常が信仰深く見えるものであったとしても、日々語られる主に対して、忠実であるかどうかはまた別のことです。 -
礼拝メッセージ
『敵を愛しなさい!』船田肖二師
ルカの福音書6章27~28節 わたしたちの「敵」とは、いったいどのようなものでしょう。確かに、人の生き方を阻害し、考えに反対するものをわたしたちは嫌います。けれどもそれが、自分を成長させ、新しい世界への扉を開くものであることに気が付けば、それ受け入れ、それだけでなく喜ぶことが出来るようになります。 -
礼拝メッセージ
『使徒信条』石﨑善土師
マタイの福音書16章13~20節 毎週の礼拝式で告白している使徒信条は、その原型は2世紀後半にあったとされています。当時は洗礼を受けるときの信仰告白や、地域ごとの信仰の確認などに用いられました。 -
礼拝メッセージ
『主が告げられたとおりに』船田肖二師
創世記12章1~4節 父のテラがハランで亡くなった後、アブラムは主から『わたしが示す地へ行きなさい」と導かれます。「主のことばを信じて従うなら、関わるすべての人々に祝福を与える」との約束が与えられたのです。主に従うと口で宣言することは簡単です。けれど[...]
