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礼拝メッセージ
10/20礼拝
私たちが活きるためには、試練や困難が必要です。それらを乗り越えずに、成功した人も幸せになった人もいません。それらがないと、平穏が幸せなことに気付くことすらできないでしょう。クリスチャンも、それらが無いと真剣に神に向かうことができません。神に選ばれたイサクとリベカの夫婦も同様でした。 -
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10/13礼拝
わたしたちの日常には四季があり、それにより、時の流れをより深く実感できます。気温の変化による木々や草花、作物の移ろいは、それに伴う色やにおい、味や装いによって、わたしたち日々に変化を与えてくれます。 -
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10/6礼拝
イシュマエルの生涯は、恵まれたものではありませんでした。サラの策略により跡取りとして生まれながら、「イサクとともに跡取りになるべきではない。」(創世記21:10)と言われ、奴隷であった母と共に追い出されました。その途上で、母が生存を諦めるほどの困難(創世記21:16)に合いました。しかし、その生涯を閉じたときには、12部族の祖となり、自分の民に加えられ、恵まれた最期を迎えました。なぜだったのでしょうか。 -
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9/29礼拝
今、御父のもとに帰ろうとするイエス様は、愛する弟子たちのために祈られました。弟子たちとともにいたときは、神の御名によってイエス様が弟子たちを守りました。しかし、今父のみもとに帰ろうとしているイエス様は、残される弟子たちのために祈っているのです。 -
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9/22礼拝
アブラハムの生涯を通して祝福を見て来ましたが、いよいよその生涯が終わります。アブラハムを通して、新しい祝福が示されました。それまでは天地創造の被造物に対する無条件の祝福でした。新しい祝福は、わたし(主)に聞き従うなら祝福する。というものです。段階的に示され、1回目はアブラハムが信じる前、12章1~3節。2回目は、義と認められたとき、15章5~6節。このときに、将来のことも教えらてれいます(13~16節)。3回目は、イサクをささげる様に言われ、全焼のささげ物をささげた(聖化)とき、22章16~18節。“わたしの声に聞き従ったからである”(18節)と言われ、約束を果たすことを、主は誓いました。 -
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9/15礼拝
わたしたちの毎日は、習慣と計画によって導かれているように見えて、いろいろな思いがけない出来事にさらされています。それはわたしたちの人生が、成長と老化を伴うものであり、一人ひとりが異なった性質をもっているからでもあります。だからこそ、その土台が大切であることが分かります。周囲の状況が変わることによって変質したり、失われてしまうものに望みを置いていたとしたら、いつも不安に襲われ、心配し続けなければなりません。 -
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9/8礼拝
九月に入り、暑い中にも秋の気配を感じるようになってきました。今日も、ルカを通して与えられた神からの使信を、今を生きるわたしたちへの愛の手紙として受け取らせていただきましょう。 -
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9/1礼拝
約束の子が花嫁を迎え、イサクの嫁探しは円満に終わります。イサクが待ち侘びて野に出ている様子は、放蕩息子の父親が、息子の帰りを待っているかの様です(ルカの福音書15章11~32節)。約束の子イサクは、キリストの型。リベカはキリストの花嫁である、信じた人の型としてみるとき、イエスが私たちを待ち侘びていることが分かります。 -
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8/25礼拝
暑い日が続いています。皆さんはいかがお過ごしでしょうか。飛び込んでくるのは酷暑や台風、地震のニュースであり、世界各地で起こっている紛争や災害のニュースも、将来に対するわたしたちの不安を増大させます。またどの国においても、いろいろな考えの人がおり、だれがリーダーになるかは人々の大きな関心事であり現実の課題です。そのような中、神を知っているわたしたちに与えられている主にある使命、その働きはどこにあるのでしょうか。
