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礼拝メッセージ
『主の選び』石﨑善土師
主がイスラエル民族を選んだのは、彼らの数が多かったからではありません(7節)。数が多いことは、強さを表します。特に兵器や文明に力の差が少ない場合は、数の差は、そのまま強さの差となります。主がイスラエル民族を選んだのは、むしろ最も数が少なく、最も弱かったのに、主は彼らを選び宝としました。 -
礼拝メッセージ
『ポンコツ人生』石﨑善土師
私が社会人となったのは、昭和天皇が亡くなった1989年(平成元年)。バブル経済の最中でした。街には「24時間戦えますか?」というCMが流れ、徹夜で働くのは普通のことでした。そして25年後に、退職することになったのは、会社でリストラ(整理解雇)対象となったからです。その時には、会社が求める働き方が出来なくなっており、肉体的にも精神的にもヘトヘトで、鬱になっていました。 -
礼拝メッセージ
『いつもともにおられる方』石﨑善土師
マタイの福音書は、イエスが昇天する前に言った最後の言葉で締めくくられています。弟子たちは復活したイエスを礼拝し、自分たちがイエスの僕であることを現しました。そのイエスは、人としての制約から解き放たれ、すべての権威を与えられたと宣言しました。そして、その権威によって、弟子たちに世界の隅々へ行くように命じられました。 -
礼拝メッセージ
『失望から希望へ』石﨑善土師
イエスが復活した日、この二人の弟子はエルサレムを離れ、エマオへと向かいました。二人は数日前まで、イエスや12使徒と行動を共にし、イエスが裂いたパンを大勢の群衆に配り、イエスの言葉を直接聞き、イエスに熱心に従っていました。しかしこのときは、復活したイエスに会ったという女性たちの話しを信じられず、イエスを失った失望から、仲間から離れ、弟子であることを辞めようとしていました。 -
礼拝メッセージ
『十字架の逆転』石﨑善土師
いよいよ今週は受難週となります。イエスが苦しみを受けて十字架に架かり復活する。このことは、十字架をシンボルとするキリスト教の根幹の部分になります。イエスは捉えられ調べられ、金曜日に十字架に架かり、亡くなります。十字架上での出来事は前半と後半の3時間ずつに分けて見ることができます。 -
礼拝メッセージ
『なげき、とりなし』石﨑善土師
が起こったとして日常に戻るようにと祈ります。 イエスは、地震と戦争と飢饉が起こることをあらかじめ預言しています。私たちは聖書を読んでこの預言を知っているのに、平和が続くのではないかと思い込んでいます。 -
礼拝メッセージ
『悔い改めのバプテスマ』石﨑善土師
『悔い改めのバプテスマ』石﨑善土師 マタイの福音書4章12~17節 届かないところで軍事的な侵攻が始まりました。この緊迫感や緊張感は、バプテスマのヨハネがいた時代と似ています。 ヨハネは、政治宗教の指導者であったパリサイ人とサドカイ人に対し、誤ったリードをしていると批判しました。 -
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『福音の原点』石﨑善土師
『福音の原点』石﨑善土師 マタイの福音書4章12~17節 う意味なのでしょうか。 1.天の御国が近づいた イスラエル人は、神が約束した救い主が来て、自分たちの(天の)国が造られることを待ち望んでいました。ローマの支配という、希望が持てない暗闇の中に、イエスは光として登場し、約束の天の国が近づいたと伝えました。 -
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『使徒信条』石﨑善土師
マタイの福音書16章13~20節 毎週の礼拝式で告白している使徒信条は、その原型は2世紀後半にあったとされています。当時は洗礼を受けるときの信仰告白や、地域ごとの信仰の確認などに用いられました。
