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礼拝メッセージ
『降誕の足音』石﨑善土師
私たちが待ち侘びているクリスマスが、日に日に近づいて来ています。イエス降誕のときも、待ち詫びている人たちがいました。 ザカリヤに約束された子、バプテスマのヨハネは、「イエスの御前を先立って行くもの」、イエスが近付いてくる足音でしたが、誕生の預言のときからそのようになっていました。ヨハネが生まれることは、救い主が間もなく降誕することを意味しました。それを知ったザカリヤの口からは希望に満ちた賛歌が溢れ出し、「このことは、主の深いあわれみによる」と預言しました。 -
礼拝メッセージ
『すべての民族に祝福を』石﨑善土師
エデンの園で蛇にそそのかされ、アダムとエバが善悪の知識の木から食べたとき、神は言われました。「彼(エバの子孫)はおまえ(蛇)の頭を打つ」(創世記3:15)。救い主である彼について、次に書かれているのが、今日の聖書箇所です。 -
礼拝メッセージ
『続・失楽園』石﨑善土師
聖書を読むとき、3つのステップがあります。1つめは書かれていることを理解すること。2つめは読む対象とされていた人がどのように受け取ったかを考えること。3つめは自分がそこから何を読み取るかということです。物語として書かれている箇所からは、多くの意味を読み取る事ができ、何回読んでも新しい発見があります。 -
礼拝メッセージ
『失楽園』石﨑善土師
統一協会のことが話題になっていますが、異端と言われるカルトや宗教と、キリスト教との違いは聖書の解釈の違いにあります。聖書はさまざまな解釈がされて来ましたが、創世記3章の失楽園の記述にある、エデンの園での蛇とエバのやり取りは、神の言葉に疑問を持たせ、そこから誤った解釈へと導くものでした。 -
礼拝メッセージ
『楽園』石﨑善土師
天地創造で神の計画に従って造られた天地は、非常に良かった世界でした(1:31)。今日の聖書箇所であるエデンの園は、天地創造の6日目にあった、人の創造の部分を中心にクローズアップして見ています。当時は、まだ雨が降っていなかったため、植物は川の周辺など、特定の場所にのみ生息していました。その中心にあったのが、4つの川の源となり地を潤していたエデンの園です。イエスの指したパラダイスは、エデンの園の事ではありませんが、預言者は神の楽園として、エデンの園をイメージしていました(エゼ28:13,31:9,イザ51:3)。 -
礼拝メッセージ
『創造の7日間(3)』石﨑善土
天地創造の7日間を3回に分けて見て来ましたが、今日は最終回です。神これから創造する生き物を入れる場所として、天と海と地を造りました。そして、天に住むものとして鳥を、海に住むものとして水の生き物を造り、祝福しました。最後の地に住むものとして、地の生き物を造りましたが、その中では人だけを祝福しました。 -
礼拝メッセージ
『創造の7日間(2)』石﨑善土師
聖書の文章には、リズムがあります。同じ語や文が繰り返され、その構造も繰り返されます。読んでいてそれに気付くと、理解を深める助けとなります。もう一歩進めると、リズムの中にある違いに注目することで、聖書が伝えようとしている事に気付くことがあります。今回は天地創造を取り上げる中で、「神は仰せられた」にはじまり、「それを良しと見られた」というリズムに注目して見ています。 -
礼拝メッセージ
『創造の7日間(1)』石﨑善土師
天地創造は、神が単独でされたことの様に覚えている方も多いのではないでしょうか。天地創造3日目の地の植物の創造には、被造物も参加しています。神が地に命じる(「地は植物を、種のできる草や、種の入った実を結ぶ果樹を、種類ごとに地の上に芽生えさせよ。」)と、地は命じられた通りに行いました。この天地創造から、創造主と、被造物の関係が見えてきます。創造主は、被造物が命じられた通りに行ったことを見て、「良し」とされます。これが、創造主である神と被造物の最初の関係でした。 -
礼拝メッセージ
『はじめに』石﨑善土師
創世記を含む、聖書の最初の5書(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)は、モーセ5書と呼ばれ、モーセが書いたと伝承されています。モーセが書いたとすれば、その時期は、出エジプト以後となります。その目的は、長年の奴隷生活の中で、神を忘れたイスラエルの民に、神とはどんなお方で、自分たちとどのような関係なのかを教えるためでした。創世記のノアの洪水までは、全人類に共通の物語です。
